・村松さんは一時期GO→ST関連のライヴによく出演していた時期がありまして、例えば大なり><小なり、柴山一幸さん、そしてこの日(2015年12月10日吉祥寺GBでの一色進さんと歪なぼくら)にゲストで参加しています。ちなみにこの日配布したvol.32に加筆修正した内容です。
今日は村松さんの誕生日(3/17)なので、ここはひとつ紙ジャケット再発に特化して書いてみます。それではもう少しお付き合いください。


 ・2006年2月10日(ちなみにこの日は新宿ロフトでパール兄弟、吉祥寺でNONA REEVESだったか?のライヴがあって迷った人が多かったとか)に村松邦男さんデビュー30周年イベントをmona recordsで開催したことで、2006年は村松さんと安部OHJI隆雄さんのプロジェクトR・O・M・Aのライヴの殆どに通っていたのでした。
 そのイベントにはタイツのベスト盤『GIRLIC REPLICA』などの作業が重なっていて体調不良のため欠席だった現なりすレコードの平澤さん(ややこしくてすみません)から、その年の10月に新レーベルLOST HOUSE ARCHIVE CLUBから村松さんの徳間ジャパン時代の作品を再発したいという構想を明かされました。
ちなみにその数日前には下北沢ラ・カーニャでR・O・M・Aと13(わんさん~一色さんと高校の同級生だったラスト・ショウの河合徹三さんのユニット)のライヴがありまして、そこで元ナイジェルというかシュガー・ベイブ周辺にいた小宮やすゆうさんと一色さんが二十数年ぶりに再会したと当時のmixi日記にあります。
 
 11月には新宿で初めて打ち合わせをしてまして、ソロ音源の全てをCD化する、ボーナス・トラックの素材について、発売日は3/21にするということを話し合っています。ミニ・アルバムの『TOURIST』を『GREEN WATER』に収録するか、『ROMAN』に収録するかなどが話題の中心でした。
 
 この直後、村松さんと平澤さんの初顔合わせを村松さんのマネージメントをしていた松山誠さんを含めて新宿で。某大型喫茶店で打ち合わせのはずが、そのお店が全面禁煙になったばかりで、少し彷徨った記憶があります。結局は談話室滝沢にしたのですが。
平澤さんが過去にこういう仕事をしましたということでCDを持参しましたが、一色さん関係(ジャック達やタイツのアンソロジー)以外の殆どは松山さんの手に。
村松さんからの希望にできるだけ沿う形でのCD化という結論で、『TOURIST』は『ROMAN』に収録し、ソロ・デビュー前のデモ・テープを『GREEN WATER』に収録するというアイデアを村松さんから提案されました。
ちなみにボーナス・トラックの素材についての村松さんの最初の言葉は「ライヴ音源はまったくないから」というものでした。
つまり、LIVE INNで1985年8月(当時徳間ジャパン所属の桑名晴子さんとの2マンでした)にやったライヴは音も映像もないことや、この数年前(2003年?のゴールデン・ウィークのMUSIC DAYで元ウシャコダの藤井康一さんと共演)の赤坂グラフティも同様にないことが判明しています。
 
 12月には高円寺の駅前のカフェで安部OHJIさん、平澤さんと私でR・O・M・Aの今後のライヴ予定、R・O・M・Aがライヴで取り上げた村松さんソロ曲をCDの購入特典にしたいなどについて話し合っています。「AND JOHNNY COME HOME」はライヴでの演奏頻度が高いことと、この時点では未CD化だったからでした(つまり私の提案だったということですね)。
打ち合わせ後は持病話が中心に。

 クリスマスイブには長門芳郎さんと平澤さんが再発の件で会っています。村松さんのbelieve in magicからの音源の貸し出しを了承してもらった後、平澤さんは新宿ニューベリーでのジャック達のライヴに向かったはずです(この日のライヴで「セラピィ・アゲイン」のアーリー・ヴァージョンのCD-Rを配布したからというのがあったからだったような)。

 2007年1月中旬には調布のピース・ミュージックでのリマスタリング作業、2日間で全てを終わらせる予定でした。
村松さんからエンジニアの中村宗一郎さんへは「あまり派手な音にはせず、アナログ盤を聴いた印象に近いものを」という注文があった記憶があります。
 初日は『GREEN WATER』と関連のシングル、村松さん所有のデモ・テープの作業を。徳間ジャパンからのテープはDAT、村松さんデモはMDからリマスタリングを。
デモ・テープは徳間ジャパンのライブラリー(平澤さんがかなり入念にチェックして色々と発掘されました)にはなく、村松さんによると「徳間にないなら、フジパ(フジパシフィック音楽出版)にあるかもしれないね」とのことでした。
トータル・タイムは80分近くあり、この日の時点で『GREEN WATER』に関しては曲目が決定しました。
 2日目は『ROMAN』『ANIMALS』の作業を。この時点ではカラオケや「サイド・バイ・サイド」は発見されていなかったので、それぞれのトータル・タイムは60分を超える程度でした。
リマスタリング中には山本達彦さんのバック・バンドのメンバーについてや「Midnight Desire」の作詞のJillさんとは?などの多少質問をしつつ、内容のチェックをしていました。
掲載予定だったミュージシャン・クレジットは全曲完全には把握していないということで、この時点で載せられないとわかった記憶があります。
 1月下旬にはライナー・ノート用の取材を当時渋谷にあったハヤブサ・ランディングで16時から23時過ぎまで。殆ど飲まず食わずでの取材が続きましたが、途中で多少何かを食べたり飲んだりした程度です(30分ぐらいか?)。当時の雑誌、資料を広げながら。この一部は購入特典のメモラビリアに掲載されています。私が持参したのはやはりミュージック・ステディが中心でした。
『GREEN WATER』の取材のみ平澤さんと私で取材。ソロ・デビューの経緯やそれまでの大滝詠一さん関連以外で携わったアーティストとのエピソードを中心に進めています。
『ROMAN』『ANIMALS』は私だけで取材。平澤さんの指示は歴代ディレクターについては必ず触れてほしいということでした。
『GREEN WATER』の東郷寛路さんは「KATHARINA」のキューバ風のアレンジの方向性を示しました(デモ・ヴァージョンと聴き比べるとその意味がわかります)。
『GREEN WATER』の時点から後にメトロトロン・レコードを設立した芝省三さんがスタジオにいて、『TOURIST』でEXを連れてきたり、マグネット・スタジオの使用を決めたりしたはずです。
『ROMAN』の芹沢のえさんはラフ・トレード・ジャパンの担当でもあって、歌詞にくじらの杉林恭雄さんを起用したりしたとか。
徳間ジャパンからリリースしたということで割とニューウェーブ寄りのアーティストが参加した理由やエピソードを訊いています。LOST HOUSE ARCHIVE CLUBの第一弾リリースがポータブル・ロックと斎藤美和子さんだったので、レーベル・カラーということを考えていたのと、やはり個人的趣味ですね。
村松さんヒストリー&楽曲解説のスタイルは完全にミュージック・ステディの徹底研究に影響されています。ちなみにこのことに気付いて、私に直に指摘したのは平澤さんだけでした。
インタビュー後半でソロの完全未発表デモ音源がある(「サイド・バイ・サイド」)とのことで、後日発見されたカラオケなどと一緒にリマスタリングをすることが決定されました。
 後日、徳間ジャパンから追加音源(カラオケ、シングル音源)がCD-Rで届き、ハヤブサ・ランディングで更なる打ち合わせ。
涙をのんで外した唯一の音源は「ITALIAN BLUE」のシングル用ミックス(結果としてシングル発売はされなかった)でした。
映画音楽などで活躍中の梅林茂さん、シーナ&ロケッツの奈良俊博さんたちが参加していたEX(と野島健太郎さん)が演奏していたこともあったので、このプロジェクトでの数少ない後悔のひとつです。
 ピース・ミュージックでの最終作業には安部OHJI隆雄さんも立ち会い、無事に作業終了のはずがとんでもないミスが後に発覚します。この件は後に触れます。
インタビューの文字起こしも私が担当しています。ある程度文字がたまってきたら、村松さんにメールして、それを修正してもらう形でした。
 3月には日本マランツで雑誌「THE DIG」の取材。前半の村松さんのヒストリカル・インタビューは木村ユタカさんが、後半のオーディオ関連のインタビューは大塚康一さんが担当し、読みごたえある記事になりましたね。
この日の午前中にCDが到着する予定でしたが到着せず。仕方なくピース・ミュージックの作業終了後に焼いてもらったCD-Rを試聴することに。
一応私が用意したCDはシュガー・ベイブ『SONGS』(初CD化の32DH501)、ザ・キングトーンズ『SOUL MATES』、多羅尾伴内楽団『TARAO BANNAI GAKUDAN SPECIAL』、R・O・M・A『らいぶかどうだか』などでした。ちなみにその中から掲載用に試聴したのはキングトーンズ「DOWN TOWN」です。
 数日後、届いたCDの『ROMAN』と『ANIMALS』に重大なミスがあることが発覚し、発売延期に。そのミスが発覚したのはR・O・M・Aの弁天でのライヴ当日、つまり14年前の3/17(!)なのでした。
 結局、3/21の発売には間に合わす、発売延期へ。
再プレスが上がった日には宙GGPキハラさんがハヤブサ・ランディングに届けたという話を後に聞きました。
村松さんの発売記念のインストア・イベントでキハラさんや一色さんと話すようになったのが、私が後にジャック達のお手伝いをするきっかけだったと思います。
購入特典のCD-R『OMAKE』は2曲入りで収録曲は「うたたね」と「AND JOHNNY COME HOME」でした。5人編成時のライヴからだったので、ギターの櫛野啓介さんとパーカッションの松岡健さんにドラムスの友田真吾さんが参加しています
 発売記念ライヴは4/15に新中野弁天で、ゲストは伊藤銀次さんと野口明彦さん。お二方にはかなり早い段階(ライヴ開催日が決まってすぐでした)でオファーした記憶があります。
実は他にもゲストのオファーをしたのですが、その時期日本にいなかったり、既にライヴの予定が入っていたりして、断念した記憶があります。実現していたら日本のロックやポップスの歴史が変わっていたかもしれませんね。
シークレット・ゲストには堂島孝平さんを予定してましたが、到着は終演後でした(「DOWN TOWN」を歌ってもらう予定だったはず)。確かライヴから長距離の車移動だったはずです。
とりあえず、この日で村松邦男さん再発プロジェクトは一区切りとなったのでした。


 ・追記~当時の資料やmixiの日記で色々と確認しながら書きましたが、個々の記憶では色々と違いがあるかもしれません。
この時期、村松邦男さん、安部OHJI隆雄さんと色々なことを体験できたのはいい思い出になっております。
またお二方とライヴでご一緒することができたら嬉しいですね。
それでは最後に、村松邦男さん誕生日おめでとうございます。


  All written by Hiroshi Sugar Sugai 
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