・色々な説明~前回までの「2001 Bock'n' Roll Club」は総集編があったり、夢中になって読んだ時期だったので、かなり記憶に残っていたのですが、今回の「K1の“胸キュン”シリーズ」に関しては手元に残っているものが少ない上に記憶に残っている部分も結構あやふやになってしまっています。
ただ、このシリーズは割と新譜のプロモーションというのが強かったという記憶がありまして、調べてみるとその辺について書くことができそうという程度です。
まあ、それでも形に残すということは割と大事なように思いますので、かなり苦しいのですが書いてみます。
それではもう少しお付き合いください。



 1983年6月号~立花ハジメ。前の連載(2001 Bock'n' Roll Club)ではYENレーベルの皆さんということで1982年5月号に登場。
立花と鈴木の関係は高橋ユキヒロを通じてのものが大きいようで、この年の高橋ユキヒロツアーには立花と鈴木の二人が参加している。
立花がアルバム『Hm』をリリースした年でもあるので、アルバムについてや、サックスについての質問を中心に進行している。

 1983年7月号~清水靖晃。清水のみアルバムのプロモーションというより、ムーンライダーズがパリに行ってライヴをやった時、サポートとして演奏に参加したことがやはり大きいのだろう。
この辺もあってか、ピエール・バルーのアルバム『ル・ポレン』にも参加している。それ以前にはムーンライダーズのアルバム『イスタンブール・マンボ』(1977年)に参加してサックスを吹いていることを強調しておく。

 1983年8月号~かしぶち哲郎(矢野顕子)。矢野はゲストというよりも、ほとんどでずっぱりで鼎談という色合いが強い。
アルバム『リラのホテル』のことが話題の中心。同時期の「ミュージックステディ」との内容の重複が多いが、こちらの方がリラックスして会話しているようやな思う。
矢野が出前コンサートを始めた時期でもあるので、出前コンサートについてもかなり詳しく語られているのが興味深い。

 1983年9月号~鈴木さえ子(立花ハジメ)。アルバム『毎日がクリスマスだったら』についてが中心。これまた「ミュージックステディ」との重複が多いかもとか思う。
立花が参加していることでよりリラックスしている模様。立花と(鈴木)さえ子は同時期、坂本龍一のB-2UNITSなど同じバンドで活動していたことを付け加えておく。

 1983年10月号~大貫妙子。アルバム『SINIFIE』のレコーディング中の対談(雑誌発表時にはアルバムの発売日に近づくというプロモーションにありがちな進行)。
鈴木が編曲を担当した、その曲がインストルメンタル(実は大貫初めてのインスト)という話題も。
割と音楽的ルーツだったり、レコーディングのバジェットについてだったりと、二人の対談だからこその内容が大きいので、大貫ファンは必読。

 1983年11月号~PANTA。アルバム『浚渫~Salvage』の話題というか、本来スウィート路線がもう1枚あるはずだったなど気心が知れた二人ならではの内容。
骨太のアルバムを出すことになった経緯など鈴木とPANTAの対談にハズレなし。これまた必読。

 1983年12月号~あがた森魚(ヴァージンVS)。リアルタイムでは発売されなかった『羊ヶ丘デパートメントストア』のプロモーション(!)の対談。
ちなみにアルバムのプロデュースは鈴木。鈴木とあがたが一緒に仕事をしたのが6年ぶりという話題に始まって、当時現れたゲルニカやPHEWなどにあがたを感じるという鈴木の発言、新作が「ブレードランナー」にインスパイアされているなどの会話がまた非常に興味深い。
実は某氏がライナーをどうしても書けないということで、この雑誌の存在を思い出し、架空楽団の黒瀬尚彦氏に某事務所までファクスを送ってもらったことがあるのだった。懐かしい。

 1984年1月号~ZELDA(白井良明)。アルバム『CARNIVAL』をリリースしたことで、プロデューサーの白井と一緒に登場。
アルバムには鈴木も「Are You Lucky?」を提供している。
これまた「ミュージックステディ」と同じ顔ぶれだが、鈴木が進行することでより踏み込んだ内容に。
ペンギン・カフェ・オーケストラのサイモン・ジェフスとの出会いやエピソードがかなり印象的(ミュージックステディのインタビューではサイモン・ジェフスもプロデューサー候補?だったことを突っ込まれている)。
ちなみにZELDAの次のアルバム『空色帽子の日』も白井がプロデュースを担当している。
 
 1984年2月号~鈴木慶一。この号は正月前の発売ということで、当時よくあった質問形式の内容。目次には「K1の84のQ&Q」とある。これがまたかなり面白い内容になっている。
'83年日本のベスト・ソングは?という質問に「ラッツ&スターの『Tシャツに口紅』」と答えていたり、と多分皆さまが読みたくなりそうなのてか、以下は略。

 1984年3月号~矢口博康(リアルフィッシュ)。リアルフィッシュが参加したオムニバス『陽気な若き水族館員たち』とリアルフィッシュのファースト・アルバム『天国一の大きなバンド』のプロデュースを鈴木が担当。
目次に知博康と載っていたのが一番記憶に残っている。

 1984年4月号~サロン・ミュージック。メジャーデビューをきっかけの対談だったと記憶しています。ちなみに1982年5月号の「YENレーベルの皆さん」の時、出演はしていませんが、名前は出ていました。

 1984年5月号~三宅裕司(スーパーエキセントリックシアター)。YMOのアルバム『サービス』に参加し、スーパーエキセントリックシアターでアルバムを出した時期でした。
三宅さんのプロレス好きが発展して、スーパーエキセントリックシアターの舞台のひとつができあがった話や鈴木との写真もそれっぽく仕上がっています。

 1984年6月号~クリス。ちょっと自信がない。。鈴木プロデュースのアルバム『プードル』をリリースした時期。演奏はムーンライダーズ+矢口博康。コーラスには野宮真貴が参加。
近田春夫やPANTA、柴山俊之がソングライティングで参加しているガールポップの名盤とされるアルバム。

 1984年7月号~萩原朔美演出の「時代はサーカスの象に乗って」関連だったことを思い出した。MIE、日比野克彦に萩原が出席していたはず。

 1984年8月号~休載。表紙は薬師丸ひろ子と原田知世のツーショット。総力特集だったためか休載している。

 1984年9月号~鈴木さえ子。アルバム『科学と神秘』を発表した頃。なぜかほとんど記憶にありません。。

 1984年10月号~岡田徹(ムーンライダーズ)。アルバム『アマチュア・アカデミー』を発表した頃。この時期から岡田は実質プロデュースを含んだ編曲をし始めている。
アルバム『アマチュア・アカデミー』は全曲白井良明がプロデュースする予定で録音を開始したが、途中から岡田が大きな役割を担うことになった。それから10年近く経って、白井と岡田が編曲を担当したムーンライダーズのアルバムが『A.O.R.』。

 1984年11月号~伊藤与太郎(メトロファルス)。アルバム『Pipi Zazou』を発表した頃。ホットランディングの時期からのつながりや、伊藤の「(ロフトに出ている中では)メチャクチャポップ」「(ロフトに出ている中では)ケンカが一番弱そう」などの発言が。
ホットランディングを光永(巌)と伊藤の二人でやっていた頃、女性ドラマーがいるんだけど。。と、結局は紹介されなかったドラマーが鈴木さえ子だったとか。

 1984年12月号~松尾清憲。ソロデビューの「愛しのロージー」を発表した時期。これまた記憶にない。申し訳ありません。
多分、これで連載が(多分)終了。

1985年1月号には「鈴木慶一、サントラを語る」という記事が掲載されたが、それ以降は特に連載終了というアナウンスがなかったように記憶している。

 基本的に敬称を略させていただきました。

 追記~記憶にないことがあまりに多いし、リスト不掲載があったり、で非常に恥ずかしい内容ですが、とりあえず発表だけはしておきたかったのです。こうして形にすることで、興味を持った方々が雑誌を探しやすくなるという目論見もあるのです。
 それでリストから漏れたものや内容についてお教えいただけるとありがたく思います。
どうか皆さんよろしくお願いいたします。



   All written by Hiroshi Sugar Sugai 
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